古書店巡りと古書散策

古書店巡りと散策

私は「全国古書店地図」と云う本を持っており、働いていたころは地方出張の折は必ずこの本をカバンに入れていた。北海道では北大の周辺には良い古書店が多くあり、街路樹が背の高いナナカマドなので、秋はまず真っ赤な実が色付きその後に深紅の紅葉となり、本州では見られない華やかで美しい並木道となる。京都の京大の周辺にも良い古書店が多いが、寺町通りに古書店が集まっている。3年ほど前の6月に京都市街右上の左京区一乗寺駅から5条の橋まで、1日がかりで古書店を巡り歩いたがさすがに疲れた。東京の東大前の本郷通りにも良い古書店が並んでいる。早稲田大学から高田馬場駅に向かう早稲田通りも古書店が両側に沢山並んでいる。神田の大学街には日本一の神田古書街がある。良い大学には良い古書店が存在するものである。大阪は大学より梅田駅周辺に多かったが、今は新しいビル街となり古書店の姿は無い。しかし7~8軒老舗の古書店が新しいビル内に集まっている所が有る。全体に云えることは何処の町でも古書店は姿を消しており、店主によれば若者の本離れは著しい様だ。早稲田通りなど古書店の30%はシャターが閉まっている。若者用の新古本やコミック本、漫画本、等が専門の古書店が目に付く様になった。古書の価格も下がっており、良い本が意外に安く手に入る時代となった。

4~5年ほど前から阿佐ヶ谷、高円寺から荻久保、西荻窪、吉祥寺などの町の古書店探しに行っている。いずれの町も気取りのない下町風で道幅も狭く家が密集しており、気楽に散策できる雰囲気が有る。余り大きなビルがないので空も大きく広がり明るく気持ちがいい。この地域も古書店は廃業している所が多く、やっと探し当ててもシャターがしまり閉店の店が多い。普段と違った雰囲気の町の古書店を探し、のんびり散策するのも良い気晴らしになって楽しいものだ。阿佐ヶ谷には山の本専門の「穂高書房」という古書店が有り、古典的な高価で素晴らしい古書が置いてあったので随分と通ったものだ。「日本山書の会」に所属していた店主は大変山の本の知識が豊富で随分と勉強になったが今は閉店してしまった。また阿佐ヶ谷には青春時代に所属していた北斗山岳会の集会場があったので、亀戸の工場が終業すると慌てて阿佐ヶ谷迄通ったもので有る。自宅の浅草までは遠いいので酒を飲むと岳友の家に何度も泊まったものだ。吉祥寺では駅から離れた古書店探しを行った時に、突然目の前に東京女子大の古風なキャンパス現れたり、面白そうな骨董屋があったり、住んでいる町とはちがう雰囲気の町歩きも楽しいもので有る。

古書探索

私の古書探しも時代と共に変化している。初期は自分自身の勉強の為に吉田松陰を中心に歴史書を探し購入していたが、歴史書が江戸幕末時代から段々と近代史に変化し、やがて「日本はなぜ戦争をしたのか」の探索に興味が湧き、これを纏めて書き本にする為に近代史に絞られてゆく。本が仕上がった後これ等の本は置き場所もなく部屋に散乱していたので、過日100冊程段ボール箱3個に詰めて古書店に引き取ってもらった。53歳から山登りを再開すると若い頃山の本を沢山読んでいたので、途端に山の本に興味がわき山の古典的名著の初版本や特別装丁本などを収集するようになり、これらの知識は山の会の勉強会の基になっている。70歳に近くなると今まで読んでいなかった小説に興味が湧いてきた。小説と云うものを全く読んでいなかった私は、夏目漱石と芥川龍之介に興味が有ったので、初版本を探し読み始めたが大変難しく、他の小説家の本も読む様になった。最近は瀬戸内晴美さんの小説と人間性に興味が湧き6冊程読んだが、知識の豊富さと心の表現の比喩の巧みさに驚いた。かなり頭の良い賢い意志の強い女性で有ることが理解でき尊敬に値する人物である。女流作家として文化勲章を受けている事は大変な名誉である。

瀬戸内晴美・寂聴

昨年99歳で黄泉の国に旅立ったが、最後まで男女の愛を書き続けていたが、90歳を過ぎてもその内容が余りに情熱的である事には驚かされる。昭和12年に始まった文化勲章は天皇陛下から直接授与されるかなり位の高い賞であり、受賞者は学者や日本画家が多く小説家は比較的少なく僅か24名ほどである。この中で女性作家は7名しかおらず、瀬戸内寂聴さんが受賞した2006年までは僅か3名しか居なかった。文化勲章を受章した女性の流行作家としてよく知られているのは、円地文子、田辺聖子、平岩弓枝ぐらいであり、他は歴史小説家で余り知られていない。いずれにしてもあまたの女流小説家の中の7名に入る事は大変な才能の持ち主で有る。特に男出入りの噂が多かった瀬戸内晴美時代は、それが男にとっても必要であり必然性があったように思えてならない。瀬戸内晴美さんの知性と賢明さを考えると、単なる浮気心では無いであろう。現代では瀬戸内寂聴の名が一般的ではあるが、私の読んだ6冊の著者名は瀬戸内晴美であるが、俗世界に生きた瀬戸内晴美の方が小説としては面白いかもしれないし、名前も瀬戸内晴美の方が好きである。僅か51歳で得度して剃髪し尼僧となり仏門に入っているが、余りにも若くその才能を仏門に埋もれさせるには余りにも惜しく、阿弥陀如来様も尼僧として作家として活躍する事をお許しに成られたのであろう。仏門に入ってからも小説家として、世の中を切り開こうとした女性たちの情熱的で、勇気ある人生を描いた著書を世に送り出している。

寂庵の御朱印        

寂聴51歳の尼僧姿

記:M・T