古書店散策・早稲田通り
早稲田通りとは山手線の高田馬場駅から南に向かい、早稲田の早稲田大学文学部校舎までの道である。
大学近くには東西線が通り早稲田駅があるので交通は便利である。
私は早稲田大学文学部校舎の上にある、国立感染研究所に仕事でよく通っていたので、帰りには時々早稲田通りを散策した。
過っては早稲田大学の文学部は人気の学部であったので、高田馬場駅から歩いて明治通りを過ぎると、早稲田通りの両側には多くの古書店が有った。
大正時代から昭和にかけて早稲田大学文学部は他を圧して文学者を輩出し、早稲田文学として名をはせていた。村上春樹、永六輔、野坂昭如、丹羽文雄、尾崎史郎、井伏鱒二、江戸川乱歩、菊池寛、国木田独歩、直木賞で有名な直木三十五もそうであり、有名な人としては五木寛之,俵万智だが、その他多くの著名な作家や映画関係者を輩出している。
早稲田の学生はよく本を読んだのであろう、その為に多くの古書店が存在し早稲田通りは古書街としても有名であった。
私が早稲田通りの古書街を知ったのは国立感染研究所との仕事が多くなり、研究者の先生とバイオハザード(生物災害)機器装置の開発や技術的な検討が多くなった50歳代で30年ほど前であった。当時は早稲田通りの古書店は26店舗ほどあったが、段々とシャターを締める店が増え4年ほど前には3割ほどの店のシャターが閉まっていた。小説を主においている店の主人に最近の景気を聞くと「最近は学生が本を読まなくなり、古書は売れなくなったよ」との返事であった。私もこの頃は山の珍しい古書を探していたが、5年ほど前に行った時は、前によく買っていた古書店はすでに飲食店となっていた。
今年の9月末に久しぶりに高田馬場より早稲田通りを歩いてみたが、目当ての店はシャターが閉まり、多くの古書店は洒落た飲食店になっていた。そして古書店としてこの日に営業していた店は僅か8店舗だけであった。
早稲田通りの古書店の衰退は著しいものがあり、早稲田文学も衰退したとしか思えないし、最近は早稲田出身の著名な作家の名前をあまり聞かない。
最近の学生は本を読まず電子書籍でも読んでいるのだろうかと思うが、それも怪しく感じる。
本をどれだけ読んだかがその人の知性と教養を左右すると云われているが、正にその通りであり、自分が選んで読んだ本はよく頭に入るが、他人から与えられた本は余り頭に入らない。
テレビやスマホの情報はその場限りしか頭に入らずすぐ忘れるし、これ等の与えられた情報は都合よく加工されている事が多く、真実を伝えているとは限らない。
記:MT