山の画文集について

もくじ

1.はじめに

山の画文集とは山の絵と文章が一体となった本の事で、山好きな画家が著作するか、絵の上手い登山家が著作するか何れかであるが、その他文章家と画家が二人で組んで著作する場合もある。

絵はスケッチ又は淡水彩のあっさりした物が主となるが、絵が上手くなくてはどうにも成らないので、絵の才能に恵まれた人しか著作出来ず、おのずとその出版数も限定されてしまう。手持ちの600冊ほどある山の本の5%、32冊が画文集で、別紙一覧表にその内容を示す。時々古書店のおやじさんから画文集を進められるが、下手な絵の画文集はどうにもいただけない、又著名な作家であっても好きになれない絵も買う気にはなれない。のんびり見ながら山を思うにわ画文集は良い本である。

2.山の画文集の著者について

絵を描く事に才能があり、かつ山登りが好きで、文筆も立つ作者となると実に限定される。第一に山登りの好きな画家が挙げられる、第二に画家であり本格的な登山家、第三に絵の上手い登山家である。本の内容として素晴しいのはやはり第二の画家であり登山家に分類される著者の作品である、絵、文章ともバランスが良く、内容も深い。登山家で絵の上手い人は余りいない、芳野満彦などは、子供の頃から著名な画家に師事し、大人になっても画家で山が好きな山川勇一郎氏に師事していたので、絵に関しては素人とは言いがたい。

私の持っている32冊の画文集は山の本の名著に属する物が多く、著者別に分類すると第一の画家で山登りが好きな著者が8人、第二の画家であり本格的な登山家が3人、第三の絵の上手い登山家が3人であり、やはり画家の画文集が多い。画家の画文集は絵の好きな僕には見て楽しく、絵を描く上でも大変参考になる物が多い。別表「山の画文集」の10番目に「登臨行」という本がある、この本は山の本の中では最も高価である。私は300部限定本を持っているが、30部特別装丁本はなんと300万円の古書価格が付いている。

3.画文集の出版年代

別表にある通り明治時代3冊、昭和20年代まで6冊、昭和30年―50年代までで22冊、昭和60年以降4冊となり、昭和30年代より出版量が増加している。特に40年から50年には多くの良い画文集が出版されている。60年以降となるとそれまで活躍していた画家が亡くなってしまい、今では良い画文集の出せる作家は僅かとなってしまい、誠に残念である。明治26年出版の「欧州山水奇勝」の著者、高島北海は農林省の役人であり、画家でもあった。ヨーロッパに林業の研究に行った折ヨーロッパアルプスを眺め、その素晴しさに感動しスケッチし、仕上げた画文集である。カラーの素晴しい山の絵である。

4.四冊の「山靴の音」について

私の最も好きな画文集を挙げろと言われれば、「山靴の音」著者、芳野満彦と「日翳の山ひなたの山」著者、上田哲農の2冊を挙げる。2冊とも文章と絵が良くマッチし、登山家らしく豊富な体験を素に、山と言う物を実に楽しくかつ深く表わしている。「山靴の音」を最初に買ったのは何時だったのかまるで覚えていない、何時の間にか書棚にあった。最初に買ったのは朋文堂の再版本で昭和40年出版であるが、本格的に山の本を集め出した後、初版本が昭和34年に出ている事を知り、買い求める。その後4年程前、北海道に仕事で行った折、古書店に寄ってみると「山靴の音」の特別装丁本が15000円程で売っていたので買ってくる。

山靴の音

この本には著者、芳野満彦自筆のサインと2枚の水彩画が入っており、真っ赤な表紙の装丁も中々気に入った。同じ本が3冊にも為ってしまったので、本好きな岳友に1冊あげようかと再読してみると、3冊いずれも少しずつ内容が異なり、結局3冊とも手元に置く事とした。その後新刊書店で「新山靴の音」を見つけるが、この本は前の3冊とは全く異なった内容の新作であった。こうして4冊の[山靴の音]が書棚に収まった分けである。昨年デパートの夏山案内のコーナーに芳野満彦氏が居たので、お願いし初版本と再版本にサインをしていただき、私の大切な山の本となった。

最近読んだ本の中で芳野満彦氏は「私の山に対する考え方と表現は、ハンス、モルゲンターレルそのものだと友は言う。」と書いている。ハンス、モルゲンターレルはドイツ人で山に関する思い、考えを書き残したが、日本では昭和9年に和訳され「山」という表題で出版されている。絵が多く挿入されているので画文集の部類に入る本であるが、山の本が充実した古書店では時々見かける本である。早速「山」を購入し中を見ると、なるほど本のスタイル、表現は「山靴の音」に似ているかもしれないが、おのおの本は別の人格を持っている。芳野満彦氏の心の奥底にモルゲンターレルの山が棲みついているのかもしれない。

5、おわりに

「山書散策」という山の本について書いた書物がある。著者は河村正之氏48歳、東京学芸大学助教授で、「日本山書の会」の会員である。山が、特に沢登りが好きで浦和浪漫山岳会OB会員でもある。河村氏はプロの画家であり、プロの目は画文集に対し厳しい見方をし、画も文も中途半端なものが多いと言う。プロの画家であり、山の本を出版する程の人なので画文集を出しても良いと思うのだが、書物の中で「私は画文集を出す気はない」と言っている。この件に関し、山書の会の幹事をしている穂高書房(阿佐ヶ谷にあり)の和久井さんに聞いて見ると、山書の会の会員達も出版したら応援して上げると云っているが、本人は芸術家としてその様な物は出せないと言っているそうである。

上田哲農氏は日本の画壇を代表する「日展」の審査員まで勤めた一流画家であるが、立派な画文集を出しており、世界的版画家、畦地梅太郎氏も多くの画文集を出している。画も文も中途半端な画文集が多いと言われる河村氏は、こうした芸術家を如何に見ているのだろうか、山登りの一つの表現方法として、登山家の個性として画文集があるのではないだろうか。評論家としての河村氏ではなく、画家として登山家としての河村氏を見てみたいものである。我々は画文集に芸術性など求めない、楽しく夢を与えてくれる山の本である事が最も大切であると思うがいかがであろうか。

参考文献

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